旅行記[2008/02/02・Vol.20 金沢文芸館 in 金沢]




昼間の金沢は、落ち着いて静かな街。

 白鳥路ホテルのロビーは、九谷焼や染め物など民芸品に満ちている。ステンドグラスのあるラウンジは、ゆったりしたソファーが座りやすい。カウンターにあったホテルの絵葉書を2枚、珈琲を飲みながら文面を考える。一人はあの人に、もう一人はあの方に...
 部屋にあったお茶請けの干菓子、和三盆の打菓子をお土産に買ってホテルを後にした。まだ10時前である。目的は、『金沢文芸館』である。地図もよく確かめず、街をふらふらと歩き始める。橋場の交差点を目指せばいいんだよ、わからなくなったら聞けばいいさ、なんてね。
 ところがしばらく歩いていると、目の前に『近江町市場』の看板が。あれま、90度方向が違ってしまったかな。けどまぁいいやと入っていくと、活気があるねぇ。もちろん観光客目当てのカニを中としたお土産やさん、他にもたらがまるまる1尾、のどぐろもいっぱいだ。メインストリートは魚屋さんで、もちろん地元の買い物客も沢山いるようだ。フラフラしてたら、そうだ友人に「のどぐろ」を送ろうと思いつく。もちろん、生と干物と。そんなこんなで、近江町市場には1時間ほどいたろうか。なんか、眺めているだけでも面白いね。今は一部工事中だけど、活気のある市場でした。
 さて、近江町市場を後にして橋場の交差点へ向かう。この交差点あたりに『金沢文芸館』なるものがあり、その2階に『五木寛之文庫』があるのである。これが今回の旅の第一目的。まず、建物を外から撮る。通り過ぎて撮る。そんなところを中からスタッフの人が見ていたらしく、中に入ったとき「写真は、うまく撮れましたか?」なんてね。その時ロン毛だった私は建築関連に見えたらしい。
 話しを『金沢文芸館』に戻すと、この建物は本の数年前まで銀行だったという。カウンターなどは当時のものを使っているそうな。壁側の中央には、金庫の後が。中は狭いがギャラリーになっていた。外側も趣のある建物だが、中もなかなかである。1階は談話室となっており、いろいろな催し物をやっているとか。時には五木さんも訪れ、活況を呈すという。
 目的の2階は五木さん自らの監修で、カーテンから本の配置に至るまで、凝りに凝って決めたものだとか。今でも月に1度は訪れ、ノートには一通り目を通すという。私も兼ねてから疑問であった『風の王国』での新旧の違いを書いてみた。さて、いつの日にか答えが書いてあるだろうか...
 この2階部分では文庫の表紙を陶版に焼き、それをレイアウトして飾ってある。五木ファンなら「なるほど!」と思う配列なのだ。残念ながらこの階は、撮影禁止。まぁ、現地を訪れて見るのが一番だろう。他にも、レコードやらビデオやら若いときの写真やら。私はここに、1時間以上いたのではないだろうか。3階は泉鏡花賞の小部屋などがあり、ここも興味深い。1階では『新金沢小景』なるテレビ番組を放映していた。これはテレビ金沢が2003年の4月から放映していたもので、案内役は五木さん、後日本にもなったものだ。私は強くDVD化をスタッフにお願いしてきた次第である。
 そんな『金沢文芸館』を後にし、橋場の交差点を浅野川大橋の方へ歩く。橋は渡らずに、橋の手前を下流の方へ降りていく。そこがかの『主計町(かずえまち)』と言う、郭街である。川沿いの小さな町田が、一時「尾張町」と改名されたが、旧名の主計町に戻ったのは数年前か。この川沿いの花街の入ってすぐに『太郎』と言う鍋物屋がある。五木さんの作品では『次郎』として度々登場するので有名だ。一度訪れたいとは思うが、鍋を一人ではチト苦しい。そのうち、しっぽりとね。そんな思いに駆られるお店でした。その少し先、木津屋旅館のあたりに『えんや』がある。しかし、何とも風情のある町並みであることか。裏道には行っても言うにおよばず、こぢんまりした観音様もありました。
 浅野大橋を渡って、道の反対側を少し入ったところにあるのが東のくるわである。まるで、映画の書き割りのような街だが、今でも息づいている街である。銭湯もあれば乾物屋もある。昼間は観光客向けの甘味処や鮨屋など、そして夜は花街に変身するのであろう。この日、芸子さんには会えなかったけれど、笛や太鼓・三味線を練習する音が聞こえてきた。なんだか、時間がゆっくりと流れていくようだ。
 今回は近江町から橋場のあたりを散策したが、次回は犀川の方へも足を延ばしてみようか。兼六園も今年は雪がなく、雪釣りだけが観光客の目に映ったが、今頃は雪が降っているだろうか。杏屋には、小松砂丘の短冊が飾られているだろうか...





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