旅行記[2002/05/18・Vol.04 1975年のチビ]




デカい顔小さい顔、階段は2段違い!

  これは、高校1年(1975年頃)である。左の写真の中央は、山下先輩。僕が1年の時、3年生だった。ちなみに、現巨人軍の原監督は2年生だった。たぶんこれは、全日本選手権の頃だと思う。山下先輩は、この時すでに全日本チャンピオンなのであった。まわりの4人は、全て同級生(1年生)である。僕の顔は、先輩の半分くらいであった。
 僕が柔道部に入ったきっかけは、何ともいい加減な話である。武道と言う選択授業があり、剣道と柔道だった。どちらかを希望、または任せるの3択で、僕は任せるだった。その時、剣道になったら軽音楽部、柔道になったら柔道部にしようと言う、全く主体性のない高校1年生であった。結果、選択授業は柔道で、部活も柔道部となったわけである。しかし、こんないい加減なやつがはいるようなクラブではなく、中学からみっちり柔道をやってきた猛者ばかり。あっという間に、逃げ出す始末であった。
 右の写真は、まだ逃げ出す前に、右側の友達の実家へ遊びに行ったときのものである。彼の実家は、山口県。秋芳洞や秋吉台、関門橋、萩市などへ、友達のお父さんに連れて行っていただいたのを覚えている。その時、吉田松陰の銅像の前で撮ったものだが、頭の位置はほぼ同じである。が、僕の足の位置は、真ん中の友人の膝ぐらい、階段2段違うのであった。
 本来なら、ここで吉田松陰や高杉晋作の話を書くべきなのであろうが、残念ながら紙面がない。と、逃げ出すのであった。



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