そのお客さまは、いつも金曜日の深夜にやってきた。 飲んでいるのかいないのか、無口な彼は[STRAIGHT]を頼む。 私は、大胆にカットカットされた小ぶりのグラスにWHISKYをそそぐ。 彼は、それを舐めるように飲む。 映画だったら、一気に煽るように飲むのかも知れない。 しかし彼は、一杯の[STRAIGHT]を慈しむように飲む。 そして、一言も喋らない。 もちろん、私も話しかけたりしない。 ほんの一杯だけの[STRAIGHT]、その一時が彼の憩いの時間なのかも知れない。 どんな人生を送っているのか、家族が居るのか、仕事は何か。 何も知らないし、何も聴かない。 それでいいのだ。こんな酒場では、お客さまがくつろげればいい。 ある人にとっては喋ることかも知れない。 しかし、彼は黙ってここにいることがくつろげることなのだろう。 きっと、人には語り尽くせないものがあるのではあるまいか。 彼は、最後にひっそりと微笑んで帰る。 この週の終わりにこの酒場に来て、一杯だけの[STRAIGHT]。 それが彼の人生の全てなのかも知れないし、ほんの一部分かも知れない。それは、彼だけが知ることなのだ。 彼が帰ると、私は店を閉める。 ドアに[CLOSE]を下げ、鍵をかける。 そして、自分も一杯だけ[STRAIGHT]を飲んでみる。 決して、彼のことを思って飲むわけではない。 自分の1週間に乾杯だ。もう、土曜日も明け方に近い。 明日は、晴れるだろうか... |