彼は一見、人当たりがいい。 誰とでも仲良くなれそうだし、なんでも積極的にするように見える。
話題も豊富だし、いろんな事を良く知っている。 でも、注意深く聴いていると、自分のことは話していない。 顔は笑っているけれど、本当のところはわからない。 時々、遠いところを見ているような気がする。 それは、遠い昔なのかも知れない。 彼女を一目見たとき、なんて綺麗な人がいるのだろうと思った。 思わず、心が奪われてしまいそうになるくらい。 でも、そんな気持ちは押し戻す。 今さら恋をしたって始まらない。 決して、昔のことを引きずっているわけではない。 もう、そう言う歳になったのだ。 当たり障りのない話をして、眺めているだけでいい。 私は、決して冷たい女ではないと思う。 黙っていると取っつきにくいように思われがちだが、 人付き合いが嫌いなわけではないし、おしゃべりも好きだ。 ただ、一人でいるもの好きなだけだ。 人とペースが少し違うのだろう。 今までつき合った人と別れてしまったのは、そんな私を理解してくれないからだったと思う。 それは、相手が悪いわけではなく、私とは合わなかったのだろう。 哀しかったけど、仕方のないことだと諦めた。 目の前の彼は不思議なペースを持っている。 決して強引ではないが、自分のペースがあるのだ。ある意味人に合わせているようであり、それでもゆったりとしている。 私としては、居心地がいい。自分のペースに合うのだろうか。 彼女は、自分が気付かないうちに、いくつかの壁を造っている。 まぁ、誰でも大人になればそうなのだろう。 初めての人と会うとき、少しうち解けてきたとき、 仲良くなったとき、愛し始めたとき。 一つずつ壁を超えると、彼女自身のペースにより近づく。 時々、突然話題が変わることに戸惑う人もいるだろう。 それは、彼女の思考が短絡的なのではなく、もちろん突然興味の対象が変わってしまうこともあるだろうが、時に照れ隠しもあるのだろう。 と言うより、何かしゃべらなくちゃと、思い立ったことを話す。 それが、前と脈絡がなかったりするのだ。それは、ある意味彼女が不器用だからかも知れない。 でも、それも相手に対する優しさなのだろう。 そんな気を遣っていないときの彼女の話は面白い。どんどん話が乗っていって、まるでサーフィンのようだ。表情も豊かだし、身振り手振りもはいる。 そんな時、とってもかわいい人だと思う。 彼が近づいてきた。物理的な距離ではなく、心の距離だ。 それは、私が心を許したのだろうか。 それとも、彼が気付かないうちに入り込んできたのだろうか。 どちらにしても同じ事かも知れない。 いや、両方なのかな。 それはそれで、心地いいからいいのだ。 彼といれば落ち着くし、話が途切れてもかまわない。 ある意味空気のような存在で、圧迫感がない。 なんだかしゃべりたくなくて、ボーッとしていたいときなど、 ほっておいてくれる。 興味がなくて放置するのではなく、ただ暖かく抱いていてくれる。 もちろん、身体ではなくて心で。 そんな彼を好きになりかけているのだろうか。 そう言う感覚とは違う気がする。 彼女に近づいてみる。もちろん、やけどしない程度に。 話したくないのなら黙っていればいいし、飲みたくなければ飲まなければいい。きみのしたいようにすればいい。 それは、放任とか、興味がないとか、そう言うことではなくて、ぼくは、ずっと待てる人だから。たまに、こっちを見てくれればいいんだよ。 時に驚かせたり、もちろん喜ばせたり、そんな表情を見るのが好きだ。 でも、無口なきみの横顔を見ているのも嫌いではない。 結構表情が豊かで、子供のような人だとも思う。 それは、それだけ心がうち解けてきたからだろうか。 ぼくの心も、きみの心も。 彼は、波のような人だ。 近づいてきたかと思ったら、すぅーっと引いていく。 決して強引には近寄ってこない。 かといって冷たく引いていくわけでもない。 なんだか、自然にそうしているような気がする。 それが、彼のペースなのかも知れない。 そのペースに、はまってはいけない。 寄せてくるときには、無理に逆らわず、 かといって、近づきすぎず。 引いていくときには、引き込まれないように。 私も、そんな駆け引きが出来るような歳になってしまった。 それは、決して嫌なことではなく、むしろ楽しいことだ。 相手にもそれを楽しめる包容力があれば。 お互いにそのやりとりを楽しんで、ある時は私が波で、押し寄せる。そして、引く。そんなことで楽しめるのは、お互いのリズムが合っているからだろうか。 そして、時々ほおっておいてくれれば、言うことはない。 彼女は、ネコのような人だ。近づいてきても、近づきすぎることはない。ちょっと身構えると、サッと身を翻す。興味のないような顔をして横を通り過ぎる。そのくせ、ちょっとだけちょっかいを出していく。 無理にペースを合わせる必要はないのだ。ぼくはぼくのリズムで行けばいい。時々シンクロし、共鳴しあうようでいて、それでいて近づきすぎない。 そんな、波に揺られるごとく接していると、まるでゆりかごのようであり、心地よい。きみもそう思っているだろうか。 |