すれ違った夏・T[2006/08/20]



夏、ふと幻想を描いたのだろうか...

 彼は一見、人当たりがいい。 誰とでも仲良くなれそうだし、なんでも積極的にするように見える。 話題も豊富だし、いろんな事を良く知っている。
でも、注意深く聴いていると、自分のことは話していない。
顔は笑っているけれど、本当のところはわからない。
時々、遠いところを見ているような気がする。
それは、遠い昔なのかも知れない。

 彼女を一目見たとき、なんて綺麗な人がいるのだろうと思った。 思わず、心が奪われてしまいそうになるくらい。
でも、そんな気持ちは押し戻す。 今さら恋をしたって始まらない。
決して、昔のことを引きずっているわけではない。
もう、そう言う歳になったのだ。
当たり障りのない話をして、眺めているだけでいい。

 私は、決して冷たい女ではないと思う。 黙っていると取っつきにくいように思われがちだが、 人付き合いが嫌いなわけではないし、おしゃべりも好きだ。 ただ、一人でいるもの好きなだけだ。
人とペースが少し違うのだろう。 今までつき合った人と別れてしまったのは、そんな私を理解してくれないからだったと思う。
それは、相手が悪いわけではなく、私とは合わなかったのだろう。
哀しかったけど、仕方のないことだと諦めた。
 目の前の彼は不思議なペースを持っている。 決して強引ではないが、自分のペースがあるのだ。ある意味人に合わせているようであり、それでもゆったりとしている。
私としては、居心地がいい。自分のペースに合うのだろうか。

 彼女は、自分が気付かないうちに、いくつかの壁を造っている。
まぁ、誰でも大人になればそうなのだろう。
初めての人と会うとき、少しうち解けてきたとき、 仲良くなったとき、愛し始めたとき。
一つずつ壁を超えると、彼女自身のペースにより近づく。
 時々、突然話題が変わることに戸惑う人もいるだろう。
それは、彼女の思考が短絡的なのではなく、もちろん突然興味の対象が変わってしまうこともあるだろうが、時に照れ隠しもあるのだろう。
と言うより、何かしゃべらなくちゃと、思い立ったことを話す。 それが、前と脈絡がなかったりするのだ。それは、ある意味彼女が不器用だからかも知れない。
 でも、それも相手に対する優しさなのだろう。 そんな気を遣っていないときの彼女の話は面白い。どんどん話が乗っていって、まるでサーフィンのようだ。表情も豊かだし、身振り手振りもはいる。
そんな時、とってもかわいい人だと思う。

 彼が近づいてきた。物理的な距離ではなく、心の距離だ。
それは、私が心を許したのだろうか。
それとも、彼が気付かないうちに入り込んできたのだろうか。
どちらにしても同じ事かも知れない。
いや、両方なのかな。
それはそれで、心地いいからいいのだ。
彼といれば落ち着くし、話が途切れてもかまわない。
ある意味空気のような存在で、圧迫感がない。
なんだかしゃべりたくなくて、ボーッとしていたいときなど、
ほっておいてくれる。
興味がなくて放置するのではなく、ただ暖かく抱いていてくれる。
もちろん、身体ではなくて心で。
そんな彼を好きになりかけているのだろうか。
そう言う感覚とは違う気がする。

 彼女に近づいてみる。もちろん、やけどしない程度に。
話したくないのなら黙っていればいいし、飲みたくなければ飲まなければいい。きみのしたいようにすればいい。
それは、放任とか、興味がないとか、そう言うことではなくて、ぼくは、ずっと待てる人だから。たまに、こっちを見てくれればいいんだよ。
時に驚かせたり、もちろん喜ばせたり、そんな表情を見るのが好きだ。
 でも、無口なきみの横顔を見ているのも嫌いではない。
結構表情が豊かで、子供のような人だとも思う。
それは、それだけ心がうち解けてきたからだろうか。
ぼくの心も、きみの心も。

 彼は、波のような人だ。
近づいてきたかと思ったら、すぅーっと引いていく。
決して強引には近寄ってこない。
かといって冷たく引いていくわけでもない。
なんだか、自然にそうしているような気がする。
それが、彼のペースなのかも知れない。
そのペースに、はまってはいけない。
寄せてくるときには、無理に逆らわず、
かといって、近づきすぎず。
引いていくときには、引き込まれないように。
 私も、そんな駆け引きが出来るような歳になってしまった。
それは、決して嫌なことではなく、むしろ楽しいことだ。
相手にもそれを楽しめる包容力があれば。
お互いにそのやりとりを楽しんで、ある時は私が波で、押し寄せる。そして、引く。そんなことで楽しめるのは、お互いのリズムが合っているからだろうか。
そして、時々ほおっておいてくれれば、言うことはない。

 彼女は、ネコのような人だ。近づいてきても、近づきすぎることはない。ちょっと身構えると、サッと身を翻す。興味のないような顔をして横を通り過ぎる。そのくせ、ちょっとだけちょっかいを出していく。
 無理にペースを合わせる必要はないのだ。ぼくはぼくのリズムで行けばいい。時々シンクロし、共鳴しあうようでいて、それでいて近づきすぎない。
そんな、波に揺られるごとく接していると、まるでゆりかごのようであり、心地よい。きみもそう思っているだろうか。