雨の日には[2004/05/02・Vol.06 Jaguar XJ-6]



ビッグ・キャットはしなやかに...

 2CVを盗まれた後、BMWも手放すことにした。理由はなかった気がする。その頃の僕は、日々の生活に飽きていたのだろう。
 仕事は順調だった。「あいつに任せておけば、そこそこの仕事を期日内に仕上げてくれる」と言う定評ができあがっていた。天才肌でない僕は、スタッフとうまくやっていく事や、納期までにこなす律儀さを大事にしていた。

 やがて僕は、「車を愛するより、人間を愛する方が自然ではないか」と思うようになった。今考えれば当たり前だが、当時は仕事以外では人と会うより車をみがいている方が幸せだった。
 そんな時、先輩から一人の女性を紹介された。彼女は、動作やしゃべり方など、いかにも育ちの良さを感じさせた。化粧も控えめだし、性格も素直そうだ。はにかんだような笑顔と礼儀正しさは、とても好感を持てた。こんな時ほど、車がないことを後悔したことはない。すてきな女性を隣に乗せて走れないなんて...

 ある時車の話題になった。
 「お父さんがほとんど使わない車が家にあるわ」
 「なんて言う車?」
 「えーと、ジャグヮーのなんとか...」
 なんと彼女の父親は、Jaguar XJ-6を持っていたのだ。普段アメ車に乗っているので、XJ-6はアルバイトがエンジンをかけて洗車しているだけという。こんなにおしとやか女性にジャガー。もう言うことはない。早速、ドライブに行くことにした。

 しかし、それが別れる原因だった。待ち合わせた喫茶店に彼女は先に来ていた。後から来た僕は、コーヒーもそこそこにXJ-6に心を奪われる。
 「キーを貸して」
ワクワクして運転席に座った。
 「あれ、ニュートラルのままだ」
バックミラーもとんでもない方向を向いている。
 「しょうがないなぁ、XJ-6に失礼じゃないか」

 そこまではまだ良かった。行きは優しい気持ちでいっぱの僕だったが、帰りの彼女の運転で限界を超えた。
 ターンシグナルは、曲がるギリギリまで出さない。
 アクセルは、踏み込んだりはなしたりする。
 ブレーキは、ガクンと踏み込む。
 左折の時は、左側に寄らない。
 右折の時も、道の真ん中で待っている。

 などなど、彼女の運転は哀しいほどマナーもモラルもなかった。僕はどんどん神経が逆立っていった。
 都内に戻り車から降りると、僕は彼女に「さよなら」と手を振った。彼女は怪訝そうな顔をしたが、そのままマナーのない運転で帰って行った。僕はそれきり彼女と会わなかった。そしてまた新しい車を買うことに決め、再び以前の生活に戻っていった。