五木寛之[2002/05/08・Vol.03 ヤヌスの首]



タマラ・ド・レンピッカとルネ・ラリック...

 この小説を読んで、ラリックに出会った読者も多いのではあるまいか。「ヤヌスの首」などと言う小説名が目にはいると、「伝奇小説か?」と一瞬思ってしまうが、全く違うのである。五木寛之の作品の中では、読みやすい小説の一つだろう。そして、読み終わったあとに読者の興味の枠を広げてくれること間違いなしなのだ。
 ホテルに住んでる不思議な老人「壇上公彦」、セクシーなブルガリア美女の「ポリーナ」、紀州龍神村の「壇上竜彦」。車は、4WDのレオーネ・スウィングバック1800、ソ連製のラーダ・ニーバ、そしてコレクションされた車は、ブガッティ・ドラージュ・イスパノ スイザなどなど。
 そして舞台は日本を離れ、アメリカ・インドへと展開する。ビチョーラー湖のレイク・パレス・ホテルに行ってみたいと読者は思ってしまうことだろう。そして、実際に行ってしまった読者さえいるのではあるまいか。

 さて、見出しの「タマラ・ド・レンピッカ」について、少しだけふれておこう。彼女は、1898年ポーランドに生まれ、1980年メキシコで人生を終えている。アール・デコ時代に女性を沢山描いた画家だ。一度見れば、タマラの絵は忘れないだろう。
 一方、ラリックは1860年に生まれ、1885年に宝飾デザイナーとして独立している。アールヌーボーの時代に宝飾家からガラス工芸作家として活躍している。そしてアール・デコの時代は彼の最盛期となるのである。上の写真は、ラリックの花瓶《バッカスの巫女たち》である。光の加減によって、巫女たちが様々な表情を見せてくれる。

 タマラもラリックも文字に書いてもわからない。ぜひ、リンクページを開いて作品を見ていただきたい。きっと、実物を見たくなるだろう。タマラを日本で見ることは難しいが、ラリックを見られるところは多い。ガラスの美術館もいろいろなところにあるが、ちょっと趣向を変えて、東京都庭園美術館を覗いてはいかがだろうか。ここは朝香宮邸として1933年に建てられた建物を、そのまま美術館として公開している。正面玄関ガラス扉、大客室と大食堂のシャンデリアはラリックによるものだ。
 展示されているものではない、生のラリックにふれることができるのではあるまいか。



Data:ヤヌスの首(昭和60年10月文藝春秋刊)
文春文庫「い-01-26」、平成1年2月10日発行
昭和60年→1985年